文化としてのスポーツの知識

 

 

指導者はどのように選手、家族、関係する人々にスポーツの持つ価値を教育していけばいいのでしょうか?そこで、スポーツを文化(生活様式)としてとらえ、社会における位置づけや考え方を理解し、スポーツ文化の必要性、重要性を認識してスポーツリテラシー(スポーツを読み解く力)をつけなければなりません。

 

 

まず、現代スポーツは英国のパブリックスクールの校長から発した改革により、古代・中世の暴力的な野蛮なスポーツから、スポーツマンシップとフェアプレーの教育的価値を持ったスポーツに変貌させました。この思想を近代化を進める諸国が、社会的基盤を支える高等教育に必要なものとして「近代スポーツ」が世界中に拡がったのです。

 

 

■スポーツ文化とは

 

 

スポーツ文化の特徴は、当然のことながら、健康や体力の充実が生活の質を引き上げ、豊かな生き方を考え実践していくことです。さらに、スポーツの体験はコミュニケーションをとりながら共通(勝利)の目的のために没頭することで大きな幸福感があり、この体験を通じた人間関係の構築はスポーツにおいて重要な要素です。

 

 

また、スポーツは競技性を持った身体文化ともいえます。競技を行うには必ず対戦相手がいます。この対戦相手がいることで競技が成立するとともに、自分を高め、深めてくれる存在でもあります。つまり、お互いを尊重するスポーツマンシップとフェアプレーはスポーツ文化のもっとも重要なものです。今日の社会においてフェアネス(公平さ)を尊重する、文化としてのスポーツの存在意義を決定づけるものです。

 

 

スポーツには様々な価値観があります。健康増進や団結力、経済効果、スポーツによる身体と人格の形成などの教育的機能、社交性や連帯意識などの社会的価値、また、スポーツの体験そのものが価値があり、自分の能力を高めることや楽しさの追求を優先する考えです。

 

 

スポーツ文化の価値を示すものにスポーツ規範があります。参加資格や競技規則などの法的規範とマナーとエチケットなどの道徳的規範です。共にスポーツ文化の望ましい行動の基準となるものです。

 

 

エチケットの語源は、ベルサイユ宮殿の発行証という意味のチケットです。このチケットはベルサイユ宮殿に相応しい作法を身につけていることが条件になります。つまり、社会生活に参加する切符としてマナー・しつけ・礼儀を身につけることがエチケットです。

 

 

■スポーツマンシップとフェアプレーとは

 

 

指導者は正しいスポーツマンシップとフェアプレーを伝えることが使命といえます。スポーツ文化の核はスポーツマンシップとフェアプレーに集約されます。元来、イギリスのジェントルマンの態度(勝敗に対して感情を抑制する)を基本として行動してきたものがアマチュアリズムです。

 

 

19世紀後半から20世紀にかけてスポーツのプロ化と商業化が始まり、勝利至上主義が強調されるようになり金銭が目当てのプロが登場しアマチュアリズムが崩壊しました。これを境にスポーツマンシップとフェアプレーが揺らいだのです。

 

 

勝利至上主義が進むにつれ、アスリートが莫大な利益を生む経済状況ができ、どんな手を使っても勝てば良いという勝敗に対する自制が効かない状態は暴力行為にも発展するのです。まるで古代・中世に戻ったように感じます。

 

 

八百長問題やドーピング問題などが起こり、スポーツマンシップとフェアプレーが揺らいでいるこの時代にこそ、スポーツという文化はフェアネス(公平さ)を中核として生きることの重要性を訴えるべきです。それを担うのが指導者の役割です。

 

 

指導者は、アスリートやスタッフに対してテクニックの指導や勝利のみを追求するのではなく「グッドルーザー」の精神や態度、行動を教えていくことです。

 

 

テニスのチャンピオンスピーチは当然、謙虚で関係者への感謝の言葉がありますが、いつも素晴らしく思うのは決勝で敗れた選手のスピーチです。勝者を讃え、敗者の態度としては尊敬に値します。

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