指導者の心構え・視点の知識
スポーツ指導の役割の一つは、多種多様な世代・年齢・職業・立場の人々の目的に応じた指導やプログラムや環境を提供するものです。したがって、指導者は、さまざまな人たちに対応した接し方や指導法を求められます。そのため日々変わっていく指導の研究など研鑽が必要です。
しかし、最近のスポーツ指導現場において、指導者がさまざまな問題や事件が起こしています。なぜ、問題や事件になってしまうのか?その原因として考えられる指導者の心構え、視点をもう一度見直す必要があります。さらに、指導者として身につけておくべきコミュニケーションスキルとコーチング理論について考えていきます。
■指導者の心構えとは
まず、指導者の心構えとして共通認識していかなければいけないことは「主役はプレイヤー」(プレイヤーズファースト)ということです。あくまでも指導者は脇役、サポーターと言う立場を持たなければなりません。
なぜ、わざわざ立場をハッキリさせているのか?それは、今、指導者として活躍している人たちや、これから指導者を目指す人たちの大部分は自分が選手で活躍していたり、長く競技を続けている人が多く、選手という表舞台から指導者という裏方への気持ちの移行が難しいからです。
自分が現役プレイヤーのような考えで指導すると、勝つことばかりに執着しすぎたり、自分の理想や思いをプレイヤーに押し付けるという上下関係に近い環境になりやすいのです。そこで良い成績が出ると指導者が自分のやり方が正しく絶対的なものと過信してしまうこともあります。
最初は選手のためにと思って指導していたものが、次第に選手と自分を重ね合わせてしまい、選手の成績は自分の成績のような錯覚に陥ります。あくまでもプレイヤーが出した成績であり指導者の成績ではないのです。このような状態にならないためにも立場をしっかり理解していなければなりません。
気持ちの持ち方としては、「選手のため」にやることを義務感や責任感と感じてしまう人は自分を犠牲にしてまで頑張ってしまいます。そのためどうしても「相手のため」にしてあげていると思うと、自分はこれだけしてあげたのにという考えに陥りがちになるのです。
では、どう考えればいいのでしょうか?それは「相手を想う」気持ちを持つことです。例えば、勤務時間外活動で部活顧問としてチームを引率することは少なからず自己犠牲を感じてしまいます。同じ部活顧問でも、このチームや選手が好きだから行う引率は時間外活動でも自分のための行動と捉えられます。同じ行動でも「誰かのため」と「誰かを想う」では違いがあるのです。
しかし、プロの指導者になりた人たちは、仕事として自覚を持たなければなりません。どんな状況でもどんな環境でも最善を尽くせるように、普段から指導者としての学びを続けることが一番大切な心構えです。
■指導者としての視点とは
指導者としての視点は、まず、「スポーツの楽しさを伝えること」です。特に初心者や子供達にはスポーツを好きになってもらうことを一番に心がけます。指導者自身も楽しむことでプレイヤーとの一体感を与えられるのです。
面白いと思わせるには、競技のルールやかたちから入らず遊び感覚で出来ることからスタートして徐々に競技性を持たせるように工夫していく視点も大切です。
各競技でいろいろな取り組みがされていますが、テニスではPLAY+STAYという普及プログラムがあります。最初からゲームをベースに組み立てられた指導法で、ボール・ラケット・コートの大きさなどを工夫していますので子供や大人の初心者も初回の練習から楽しめます。
■指導者としてのコミュニケーション的視点
「よく観察をする」体調やモチベーションの変化を見逃さないようにします。プレイヤーにしっかり見てもらっている安心感を与えることができます。
「意見を尊重する」プレイヤーのやりたいことや言いたいことを尊重します。認められることでプレイヤーの大きな励みになります。
「尊敬・尊重する」すべての人を1人の人間として尊敬する気持を持ちます。年齢・性別・経験・レベルなど違っても個性を尊重する態度が、プレイヤーの信頼を得ることができます。
「よく話を聴く」指導者は話をするのではなく、相手に話させる聞き上手になる事が大事です。プレイヤーの話を聴きながら、なりたい自分を発見させることができます。
「結果よりも経過が大事」指導者は結果に対して評価するのではなく経過を重視して下さい。「経過管理」と「結果管理」という言葉がありますが、これはプレイヤーに対する接し方を表しています。
例えばテニスでボレーをミスしたときのアドバイスとしては。
@「ナイストライ次はアプローチを深く打って行こう」
A「何で前に出るんだ後ろでつなげろ」
@は「経過管理」のアドバイスでAは「結果管理」のアドバイスです。
このようにプレイヤーのやったことを認めることがやる気を引き出し、さらにチャレンジするプレーヤーになります。反対にやったことを否定されればもうやる気が起きません。トライ&エラーという言葉もありますが、プレイヤーには挑戦して成功する権利も失敗する権利もあることを忘れてはなりません。
以上のようなことを心がけてプレイヤーに接することが大切です。これにより、プレイヤーから指導者に対しての信頼や信用を得ることができれば、最高の結果を得ることに近づきます。
■コミュニケーションスキルとコーチングとは
コミュニケーションの基本は個性と自主性を尊重することです。具体的にいうと指導者が自らプレイヤーに歩み寄ることが大事で、子供の指導には指導者が先に挨拶したり、目線を合わせるためにしゃがんでみたりと、行動で示すことで少しずつ信頼を得ることができます。
■スポーツ指導者のコミュニケーションスキル
指導者のコミュニケーションスキルは「教える」という立場からではなく、相手の質問には耳を傾け全て聴く(傾聴)ことと、プレイヤーの意見を大切にして「ともに考える」ことが基本になります。さらに相手の自発的行動を引き出す方法として「コーチング」が必要になります。
では、「コーチング」とはどのようなものなのか、本屋などでは「ビジネスコーチング」を書いた書籍をよく目にするようになりましたが、もともと「コーチング理論」はスポーツ界から発展したものです。
「コーチング」の基本的概念は「相手の自発的な行動を引き出すためのコミュニケーションスキル」といえます。コーチングを要約すると、こちらからの指示や命令ではなく、質問や提案を投げかけることにより相手の発言を引き出しつつ、自分の考えていた事に気づかせ、自発的な行動を引き出していく手法のことをいいます。(自分で気づいたことには、俄然やる気が高まり自分から行動することができるのです)
最近よく企業の管理職が「コーチング研修」を受けていると聞きますが、それは「コーチング」の手法を使って、上司が部下の潜在能力を引き出し、自主性を持った行動を促すための研修といえます。
このように、スポーツ界からビジネス界に広がった「コーチング」は、自主的な行動を引き出すためにあるのです。しかし、現実は指導者・上司が自分の経験則の判断や命令押し付けがプレイヤー・部下の自主的な行動を奪っていることも数多く見受けられます。
主体はプレイヤーであり、そのプレイヤー自身が考え工夫し、自発的に行動するように導くのが指導者(コーチ)の役割であって、プレイヤーをコントロールするのが指導者(コーチ)の役割ではありません。このような考え方を持って指導者がプレイヤーと信頼関係を築かなければなりません。
■コーチングの基本的な理論とは
コーチング理論は「オートクライン」と「レセプター」が基礎基本といわれています。もともとは医学用語で細胞が出したホルモンがその細胞自体に作用する自己分泌(オートクライン)のことなのです。つまり、自分で話した言葉が自分自身に作用することをオートクラインと呼んでいます。
当然のことですが、自分で話した言葉は自分自身でも聞いています。声に出して話しそれを自分自身で聞くことにより新しい気づきが生まれたり考えがまとまったりします。こうした作用をコーチングではオートクラインと呼んでいるのです。
なぜ、自分の話した言葉で頭が整理されまとまるかというと、頭で考えている早さは話すスピードの数倍程度だと言われています。そのため、自分の考えが自分で理解や整理ができないままで終わってしまっていることが多いのです。
それを、質問などでしゃべる機会が増やすと、考えているスピードにしゃべるスピードが合ってくるのです。そこで、自分のしゃべる言葉を自分で聴く事が出来るようになり、自分の考えをまとめることができるということです。
「レセプター」とは、これも医学用語で「受容体」「受容器」という情報を受け取るものという意味です。つまり、「オートクライン」で自分の話を自分で聞いて、自分に必要な情報やチャンスを受信する神経です。話すことで、自分の中のレセプターが開きます。レセプターが開くと、今まで気付かなかったことに気付くようになります。今まで見逃していたチャンスを、「チャンス」として捕らえられるようになるのです。
レセプターは、その人が意識しだすと開くのですが、人に話すことで更に確立します。レセプターが開くということは受信アンテナが立つと言うことです。黙って行動していた時よりもたくさんの情報やチャンスに敏感になり、つかむ事ができるようになるのです。
このような現象が起こるのはすべて脳の仕業です。話す聴くを繰り返すと脳細胞がネットワークを広げていきます(オートクライン)。その広がった中から情報を受信する脳細胞が増えていく(レセプター)というシステムを利用しているのです。
■コーチングの具体的手法とは
実際のコーチングに使われる手法として「ペーシング」があります。これは、人の話を聴くときには当たり前にやっている人も多いと思いますが、表情、態度、相づち(うなづき)などの視覚的情報や、声の大きさやトーン、スピードといった聴覚的な情報を使って、さらに相手の話を繰り返すなど、相手に話しやすい状況を作ることができます。
話しやすい環境をつくって相手との壁を取り除くことが、相手の受け取る姿勢(レセプター)をよくすることに繋がります。受け取る姿勢がよくなれば情報が多く受信できます。それにより「気づき」も増えてヤル気が出てくるのです。
言語によるペーシング (聴覚的)
会話のスピードや内容・共通の話題・相手が使う言葉の繰り返し・相槌(なるほど、うんうん)・接続詞(それで、もう少し聞かせて)・感嘆詞(へぇー、ホントに)・ 声のトーン(声の大きさや強弱、スピード)
非言語によるペーシング (視覚的)
顔の表情(ニコニコしながら聴く)・姿勢(うなずく、身を乗り出す)・視線・アイコンタクト
最終的に指導者がやるべきことは、これらのことを駆使してプレーヤーが自主的に工夫や行動が出来るような環境を作り、プレーヤーの個性を引き出すことなのです。